会長挨拶

日本哲学会会長就任挨拶

  2015年  11月6日  加藤泰史

  このたび新たに日本哲学会の会長に就任いたしました、一橋大学の加藤泰史です。HP(ホームページ)をお借りして会員の皆さんに就任のご挨拶を申し上げます。

 すでに飯田隆前会長の時期に様々な改革が行なわれてHPも格段にリニューアルされましたが、日本哲学会も財政が逼迫しておりますので、今後は郵送ではなくHPを通して重要な情報をお伝えするように徐々に移行してゆきたいと考えております。今回の就任挨拶と会員連絡はその手始めの試みと理解していただければ幸いです。

 周知のように、2015年6月8日に文部科学省が国立大学の人文社会科学系学部の見直し(廃止と転換)を求める通知を出しました。いわゆる「6・8通知」です。これについては、日本学術会議が素早く反応して批判声明を出すとともに、「人文・社会科学と大学のゆくえ」と題した公開シンポジウムも開催しました。現在文科省はこの通知に関して釈明に奔走していますが、撤回してはおりません。この「6・8通知」はすでにいくつかの国立大学の学部・研究科の改組に影響を及ぼしており、このままでは深刻な打撃を日本の人文社会科学研究に与えることになるでしょう。それはまた人文社会科学研究にとどまることなくやがて自然科学の純粋基礎研究の分野にまでも及んで日本の学問研究そのものの発展を根底から阻害してしまうと同時に、さらに教養と健全な人間・市民育成としての大学教育も損なうのではないかとさえ危惧されます。ただし、この「6・8通知」の内容そのものは2014年8月4日付けの「「国立大学法人の組織及び業務全般の見直しに関する視点」について(案)」に記載されておりましたので、それに対して適切に反応しなかった点は私自身も含めて大学関係者・哲学研究者の側も反省しなければならないでしょう。

 こうした危機的情況を従来のようにただ座視するだけでは、昨年から今年にかけてのまさにこの経験(あるいは、さらに遡るとすれば、設置基準の大綱化と教養部の解体でしょう)からも明らかなように、哲学研究・哲学教育の環境がそれだけ悪化してしまうことは残念ながら必至であると思います。したがって、時代のこの動きに働きかけ、これをみずから克服してここから抜け出してゆくためには、まさに当事者である私たち哲学研究者がみずから智慧を絞るほかありません。そのためのプラットフォームとなるのが言うまでもなく日本哲学会であり、非力ながら私は会員の皆さんとともに、この時代の危機に立ち向かう所存です。

 いま深層で深刻に問われているのは、哲学の社会的機能であり哲学研究・哲学教育の成立を支える社会的条件にほかならないのではないでしょうか。実際この問題の深刻さは、様々な次元で若手哲学研究者諸氏に対するしわ寄せとなって現れていると私には思われます。それゆえ、時代の危機に対処するためにも、若手研究者に対する支援をどのように具体化できるかは日本哲学会にとって喫緊の課題と位置づけられましょう。それに取り組むにあたってまずは、日本哲学会が若手研究者にとって困難な情況下であっても研究・教育を継続できるための一つの「希望」であり続けるよう、公平で公正な学会運営に努めてゆこうと決意しております。危機の時代にこそ必要なのが哲学であることは(たとえば、ライプニッツのベルリン科学アカデミー構想を想い起こせば分るように)歴史の証明するところであり、そのためには若手哲学研究者が哲学に関心を持ち続け、若手哲学研究者が再生産される構造の維持・発展は不可欠だと確信するからです。

 このような問題意識のもとで私は、「将来構想特別委員会」を新たに立ち上げました。この委員会は各委員会の委員長と各WG(ワーキンググループ)の座長を中心に構成され、今後の日本哲学会のあり方や他の学会との連携などの重要諸課題を集中的に議論する場として設定されました。前述いたしました若手哲学研究者の支援問題なども、「男女共同参画・若手研究者支援WG」から寄せられた意見をここで汲み上げ時間をかけて一定の方向性を打ち出した上で、それを理事会の場で提案してゆきたいと思っています。この7月に「哲学分野の参照基準」に関して第一回の「将来構想特別委員会」を開催しましたが、いずれ学会プログラムの改善や、国内外の学会・シンポジウム・ワークショップ・研究会などの情報提供のあり方なども検討してゆく予定です。

 国際化も重要な課題です。これまで日本哲学会は海外の学会などとの連携という点では「日中哲学フォーラム」が中心でしたが、これに香港・台湾・韓国の諸哲学会を加える形での運営の可能性を模索するとともに、さらに欧米の諸哲学会との組織的連携を具体化してゆきたいと思っています。このことと関連して編集委員会の中に「欧文誌編集部会」を立ち上げ、日本哲学会の欧文機関誌(Tetsugaku: International Journal of the Philosophical Association of Japan)をWeb上で2017年の春に創刊する予定です(もちろんこのことは逆説的に、日本語で哲学することの意味や日本語を通して哲学的知の蓄積が可能であることの意義をあらためて問うことにもなりましょう)。できるだけ早い時期にHPを通して特集のテーマや一般論文の投稿要領などを告知いたしますので、ご期待ください。また、こうした活動と連動させて「インターナショナルセッション」も充実させてゆきます。

 冒頭で述べましたように、日本哲学会は会員数の減少にともなって財政が逼迫し始めていますが、他方で前世紀末と比較しますと現在の日本哲学会は従来以上の多様な機能を担ってもいます。その結果、事務局の事務量も膨大なものとなっており、これを何とか合理化しないと学会運営も厳しくなります。この問題に対応するために、「HP・事務局運営WG」を立ち上げましたが、いずれにしましても郵送ではなくHPを通してのご連絡が増えてくるかと予想されますので、この点のご理解をよろしくお願い申し上げます。

 この5月に上智大学での第74大会の際に開催されました「哲学教育ワークショップ」は会場に入りきれないほどの参加者でしたが、特に印象的でしたのは愛知県の高校教師の方が積極的に質問されて意見を述べられていたことです。おそらくは授業を終えて直に新幹線で駆けつけて下さったのでしょう。このことは、日本哲学会が社会と真摯に向き合い、社会と連携してゆく一つの可能性を示唆しているように私には思われました。「哲学教育ワークショップ」はそうした場としても機能し始めているのではないでしょうか。この延長上で「哲学カフェ」のネットワーク化にも取り組む必要がありましょう。哲学の社会的機能を問い、哲学研究・哲学教育の成立を支える社会的条件を問題にするために、(カントの言い回しを借りれば)日本哲学会にも「社会性」を持たせるような「もう一つの眼」が必要であり、独りよがりの「学問のエゴイスト」である「キュクロープス(一つ眼の巨人)」から脱却して「二つ眼の市民」へと日本哲学会そのものが変貌すること(すなわち、日本哲学会の「civic turn」)を真剣に考える時期に来ているのかもしれません。これは私からのささやかな問題提起でもあります。

 最後に就任挨拶を終えるにあたって、日本哲学会の会員の皆さんには今後とも学会運営での積極的なご協力を賜りますよう、あらためてお願い申し上げます。